広告・PR表記
この記事には広告・PR・ リンクを含みます。商品・サービスの購入や申込みなどにより、サイト運営者に報酬が発生する場合があります。 記事内には提携リンクを含む場合があります。リンク先での購入等により、サイト運営者に報酬が発生することがあります。
最終確認 · 読了目安 6分
「弱者が強者になる物語」という読み方の限界
ゲームの中では、誰よりも強く、誰よりも尊敬されていた。
現実では、22歳になっても職に就けない、ただのニートだった。
井上淳哉の漫画「BTOOOM!」を、多くの読者は「現実で評価されなかった人間が、ゲームで培った能力を使って現実を生き延びる成長物語」として読む。
これは間違いではない。しかしこの読み方だけでは、この作品の本当の不気味さを見落としてしまう。
この記事では、表層の読み方から一歩踏み込み、社会心理学の「スケープゴート理論」というフレームワークを使って、この作品が本当に描いているものを読み解いていく。
あらすじ:仮想と現実が衝突する瞬間
主人公の坂本竜太は典型的なニートだ。22歳になっても職に就けず、さえない日々を送るだけの人生を生きていた。
しかし「BTOOOM!」という、全世界で300万本以上売れたネットゲームの中では、竜太は誰よりも強く、誰よりも尊敬される存在だった。
ある日、竜太は見知らぬ男たちによって南海の孤島に連行される。そこで強いられたのは、同じく島に連れ去られた人々との、爆弾「BIM」を使った殺し合いだった。
ゲームの内容は、竜太が世界ランカーだったあのネットゲーム「BTOOOM!」と酷似していた。なぜ、誰が、何の目的でこのゲームを始めたのか。竜太を含むプレイヤーたちは、理由もわからないまま、現実の殺し合いに突き落とされる。
表層の読み:成長物語としてのBTOOOM!
物語の冒頭、竜太は爆弾を持たされても、人を殺すことに強い抵抗を感じている。しかし生き残るために、竜太は徐々に「殺す」という行為に適応していく。
仮想世界で磨かれた戦略的思考、駆け引き、心理戦の能力。それは「虚構の能力」ではなく、現実の極限状況でも通用する、本物の能力だった。
竜太は、ゲームの中の自分と、現実の自分を統合していく。弱くて無価値だと思われていた現実の竜太は、ゲームの中で培った力を使って、現実の中で初めて「生き延びる」という意味のある行動を取る。
これは確かに、感動的な成長の物語だ。しかし、この読み方だけでは説明できないディテールが、作品の中に埋め込まれている。
ヒミコの過去という具体的なディテール
プレイヤーの一人、ヒミコの背景を見てみよう。
ヒミコは高校時代、好意を寄せていた先輩を自分の友人グループに紹介した。その結果、友人たちはその先輩とその仲間から被害を受けることになる。ヒミコはその場から一人だけ逃げ出し、友人たちを置いていった。
この出来事が公になり、ヒミコは友人たちから深く恨まれ、学校で完全に孤立する。家庭にも学校にも居場所がなかった彼女は、「消えてほしい人間」としてこのゲームに指名された。
ここで重要な問いが生まれる。
ヒミコは単純な「被害者」なのか、それとも友人を見捨てた「加害者」なのか。
物語はこの問いに、簡単な答えを出さない。彼女は被害者であり、同時に、見捨てた側でもある。
なぜ「消えてほしい人間」が選ばれるのか:スケープゴート理論
この「選ばれ方」の構造を理解するために、社会心理学の「スケープゴート理論」という枠組みを使ってみよう。
スケープゴート理論とは
スケープゴート理論とは、集団が抱えた苦痛・罪悪感・解決できない緊張を、特定の個人に押し付けて排除することで、集団自身が心理的な安定を取り戻そうとする現象を説明する理論だ。
集団内で何か悪いことが起きた時、「全員に責任がある」という現実は、受け止めるのが重すぎる。そこで集団は、その重さを一身に引き受けてくれる「一人」を見つけ出し、その人物を責めることで、残りのメンバーは「自分は悪くない」という立場に留まることができる。
ヒミコの友人グループへの適用
ヒミコの友人グループに、この理論を当てはめてみよう。
友人たちが受けた被害は、本当はヒミコ一人の責任ではない。先輩たちの加害行為、友人グループ全体の判断、巻き込まれた状況。様々な要因が絡んでいる。
しかし「全員に何らかの責任がある」という現実は、誰にとっても受け止めがたい。
そこで「一人で逃げた人間」という、わかりやすく非難しやすい標的が必要とされた。ヒミコを責めることで、残りの友人たちは「自分は被害者だ」という単純な立場に留まることができる。
ヒミコは、友人グループ全体が抱えた罪悪感とトラウマを、一身に引き受けるためのスケープゴートにされた。
ゲーム全体への適用
このメカニズムは、ヒミコ一人の物語に留まらない。
BTOOOM!というゲーム全体の「指名」の仕組みも、同じ論理の延長線上にある。
社会の中で誰かに恨まれた人間、誰かの罪悪感の受け皿にされた人間。それが「消えてほしい人間」として可視化され、孤島に集められている。
つまりこのゲームは、現実社会に存在する無数の「個人的なスケープゴート化」を、一箇所に集めて可視化する装置として機能している。
スケープゴート理論でも説明できない緊張
しかし、このフレームワークだけでも、まだ説明がつかないことがある。
運営者という、もっと大きな悪
このゲームの運営者たちは、参加者を「社会のクズ」と呼んでいる。
しかし、その運営者たちは何をしているのか。無関係な人間を孤島に閉じ込め、爆弾で殺し合わせて、それを観察している。
「社会のクズ」と参加者を見下す側が、参加者よりもはるかに大きな悪を行っている。
このねじれこそが、BTOOOM!という作品の本当の不気味さだ。参加者を裁く立場にある者が、参加者以上に裁かれるべき存在として描かれている。
罪と罰の不釣り合い
スケープゴート理論で説明がついたヒミコの状況にも、よく見ると別の緊張が残っている。
ヒミコの「罪」は、友人を見捨てて逃げたという、人間的な弱さだ。それに対して下された「罰」は、死を賭けた殺し合いという、明らかに不釣り合いな暴力だ。
罪と罰の重さが、根本的に噛み合っていない。
物語は、この不釣り合いを解消しない。ヒミコが本当に罰されるべきだったのか。それとも、彼女もまた、誰かの罪悪感を肩代わりさせられた被害者なのか。
両方の解釈が、最後まで同時に成立し続ける。これは作者が答えを放棄したのではなく、意図的に開いたままにしている問いだと考えられる。
現実社会との接続
私たちの社会にも、似たような構造がある。
集団内でトラブルが起きた時、「誰かのせい」にできれば、残りの人間は安心できる。その「誰か」に選ばれるのは、必ずしも一番悪かった人間ではない。ただ「標的にしやすかった人間」が選ばれることもある。
BTOOOM!は、この構造をフィクションという形で極端に拡大して見せている。
竜太がゲームで培った力を使って生き延びたという成長の物語の裏には、「誰が、なぜ消されるべきだと決められたのか」という、答えのない問いが流れ続けている。
まとめ
- BTOOOM!は表面的には「弱者がゲームの能力で現実を生き延びる成長物語」として読める
- しかしプレイヤーのヒミコの過去を見ると、「被害者」と「加害者」の境界が曖昧であることがわかる
- 社会心理学の「スケープゴート理論」を使うと、「消えてほしい人間が選ばれる」という構造を説明できる
- 集団は抱えきれない罪悪感を一人に押し付けることで、心理的な安定を得ようとする
- しかしこの理論でも、運営者という「参加者以上の悪」の存在や、罪と罰の不釣り合いという緊張は解消されない
- 物語はこれらの緊張に、簡単な答えを出さないまま終わる
BTOOOM!をまだ読んでいない人は、単なるバトル漫画としてではなく、「誰が、なぜ排除されるべきだと決められるのか」という問いを持ちながら読んでみてほしい。
そしてこの構造が、自分の身近な人間関係の中にも存在していないか、一度考えてみてほしい。
判断材料をもう少し増やしたい人向けのリンク
おすすめ
多種多様なゲーム機・ゲームソフトを絶賛買取しています!【ゲーム買取ブラザーズ】
業界最高クラスの高価買取【ゲーム買取ブラザーズ】
Amazon
関連作品・グッズをAmazonで見る
本文で扱う「あらすじ」などのDVD・Blu-ray・グッズをAmazonで探せます。
※ 本記事はAIを活用して生成・整理されたコンテンツを含みます。掲載情報は執筆時点のものです。最新情報については各公式サイトをご確認ください。