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最終確認 · 読了目安 13分
チェンソーマン:第2部で分かったマキマの本当の敗因
『チェンソーマン』は、悪魔と人間が契約し、恐怖が力になる世界を舞台にしたダークヒーロー漫画です。
主人公のデンジは、相棒の悪魔ポチタと一体化し、チェンソーの悪魔の力を宿した存在になります。
ただし、デンジは最初から立派なヒーローではありません。
世界を救いたいわけでもない。
正義を貫きたいわけでもない。
誰かのために命を懸けたいわけでもない。
デンジが求めていたのは、もっと小さなものです。
うまいものを食べたい。
まともな場所で寝たい。
女の子と仲良くなりたい。
誰かに褒められたい。
家族のような関係がほしい。
『チェンソーマン』の面白さは、この低くて俗っぽい欲望が、物語の根っこに置かれているところにあります。
普通の少年漫画なら、主人公は大きな夢を語ることが多いです。
海賊王になりたい。
火影になりたい。
世界一になりたい。
大切な人を守りたい。
でもデンジの夢は、もっと生活に近いものです。
だからこそ、デンジは変な主人公に見えます。
しかし同時に、この小さな欲望こそが、デンジの強さでもあります。
今回考えたいのは、第一部のラスボスであるマキマの敗因です。
マキマはなぜ負けたのでしょうか。
単純に考えれば、デンジの作戦を読み違えたからです。
あるいは、デンジ本人ではなくチェンソーマンばかりを見ていたからです。
それは間違いではありません。
しかし第2部まで踏まえると、マキマの敗因はもう少し深く見えてきます。
結論から言うと、マキマの本当の敗因は、デンジの弱さを見抜けなかったことではありません。
デンジの弱さの中にある、「普通に生きたい」という欲望のしぶとさを理解できなかったことです。
マキマはデンジをよく見ていました。
しかし、デンジという人間を見ていたわけではありませんでした。
ここに、マキマの強さと限界があります。
マキマはデンジを見抜いていた
まず確認しておきたいのは、マキマが決してデンジを雑に扱っていたわけではないということです。
マキマはデンジの弱点をよく理解していました。
デンジが孤独なこと。
愛情に飢えていること。
女性からの好意に弱いこと。
まともな生活を知らないこと。
誰かに必要とされるだけで簡単に動いてしまうこと。
マキマは、そうしたデンジの性質を正確に見抜いています。
だからこそ、マキマはデンジに優しくします。
食事を与える。
居場所を与える。
仕事を与える。
仲間を与える。
自分に好意を向けさせる。
デンジにとってマキマは、自分を人間として扱ってくれるように見える存在でした。
少なくとも序盤のデンジにとって、マキマは「自分に価値を与えてくれた人」です。
しかし、その優しさは無償のものではありません。
マキマはデンジを救ったのではなく、デンジを配置していました。
デンジの欲望を理解し、それを利用し、最終的にデンジの心を壊すための材料にしていきます。
ここがマキマの恐ろしいところです。
マキマはデンジを見ていないのではありません。
むしろ見ています。
ただし、それは相手を理解するための視線ではありません。
支配するための視線です。
相手が何を欲しがるか。
何を失うと壊れるか。
どこを押せば従うか。
マキマは、そういう意味ではデンジをよく見ていました。
だから第一部のマキマは強いのです。
彼女は力だけで勝とうとしているわけではありません。
相手の心の隙間に入り込み、欲望を利用し、関係性そのものを武器にしています。
デンジが求めていた普通の生活を与え、それを奪う。
このやり方は、デンジに対して非常に効果的でした。
それでもマキマが見誤ったもの
では、マキマは何を見誤ったのでしょうか。
それは、デンジの夢が小さいから弱い、というわけではなかったことです。
デンジの欲望は、たしかに低く見えます。
うまいものを食べたい。
女の子と仲良くなりたい。
楽をしたい。
普通に暮らしたい。
こうした願いは、立派な理想ではありません。
世界を救うような大義でもありません。
だからマキマから見れば、デンジは扱いやすい存在に見えたはずです。
欲望を与えれば喜ぶ。
欲望を奪えば壊れる。
愛情をちらつかせれば従う。
実際、デンジは何度もそういう形で動かされています。
しかし、ここに落とし穴があります。
デンジの欲望は低いからこそ、根が深いのです。
人間は、大きな理想を失っても生きていけることがあります。
でも、食べること、寝ること、触れ合うこと、帰る場所があることを失うと、生きる土台そのものが揺らぎます。
デンジの願いは、立派ではない代わりに、生存に近いものです。
だから簡単には消えません。
デンジが求めているのは、豪華な成功ではありません。
最低限の人間らしさです。
この最低限の欲望が、デンジを何度も動かします。
壊れても、また何かを食べたい。
傷ついても、また誰かに触れたい。
失っても、また普通に暮らしたい。
このしぶとさを、マキマは理解しきれませんでした。
マキマはデンジの弱さを利用しました。
でも、その弱さの奥にある生命力までは見ていなかったのです。
マキマはチェンソーマンを見ていた
マキマの最大の問題は、デンジ本人ではなく、デンジの中にいるチェンソーマンを見ていたことです。
マキマにとって重要なのは、デンジという少年ではありません。
ポチタ。
チェンソーマン。
自分が理想を見る存在。
マキマは、デンジを通してチェンソーマンを見ていました。
だからデンジの生活や感情は、最終目的のための道具になります。
ここで大事なのは、マキマがデンジのことをまったく知らなかったわけではないことです。
マキマはデンジの好みも、弱さも、欲望も知っていました。
でも、それを「デンジという人間の人生」として見ていたわけではありません。
デンジを理解することと、デンジを尊重することは違います。
マキマは前者はできました。
しかし後者はできませんでした。
相手の弱点を知る。
相手の欲望を知る。
相手の行動を予測する。
それだけなら、マキマは非常に優秀です。
しかし、相手を一人の人間として扱うことはできなかった。
デンジのくだらない願いを、くだらないまま大事なものとして見ることができなかった。
ここにマキマの敗因があります。
デンジは、チェンソーマンの入れ物ではありません。
彼は、うまいものを食べたがり、寂しがり、欲望に振り回され、それでも生きようとする少年です。
マキマはその部分を軽く見ました。
そして、その軽く見た部分に負けたのです。
第2部でデンジはどう変わったのか
第2部を見ると、この敗因はさらに分かりやすくなります。
第2部のデンジは、第一部のころとは立場が変わっています。
かつては、マキマに与えられる側でした。
仕事を与えられ、食事を与えられ、居場所を与えられ、関係を与えられていました。
しかし第2部では、デンジはナユタを育てる側になります。
自分だけが普通の生活を求めるのではなく、誰かとの生活を守る側になるのです。
ここが大きな変化です。
もちろん、デンジが急に立派な大人になったわけではありません。
デンジは相変わらず欲望に正直です。
承認欲求もあります。
チェンソーマンとして見られたい気持ちもあります。
普通の生活と特別な存在でありたい気持ちの間で揺れています。
でも、第2部のデンジには「生活を維持する側」の重みがあります。
ナユタがいる。
家がある。
犬たちがいる。
学校がある。
日常がある。
デンジは、第一部でほしかったものを、完全ではない形で手に入れています。
だから第2部のデンジを見ると、第一部でマキマが壊そうとしたものの正体がよく分かります。
マキマが壊そうとしたのは、単なる夢ではありません。
デンジがやっと手に入れかけた、人間としての生活です。
そしてデンジは、その生活に何度も執着します。
ヒーローになりたい。
でも普通にも暮らしたい。
特別に見られたい。
でも家族も守りたい。
この矛盾が、第2部のデンジを苦しめます。
しかし同時に、この矛盾こそがデンジらしさです。
デンジは、ひとつの大きな理想にまとまらない主人公です。
欲望が多く、揺れやすく、間違える。
でも、だからこそ生きている感じがある。
マキマが見誤ったのは、この生々しさでした。
ナユタが見せた「支配の悪魔」の別の形
第2部で重要なのがナユタです。
ナユタは、支配の悪魔としての危うさを持っています。
相手を自分のもののように扱う。
デンジに強く執着する。
普通の人間関係とは違う感覚を持っている。
だからナユタを、ただのかわいい家族として見るのは違います。
ナユタは危険な存在です。
しかし、それでもマキマとは違います。
なぜならナユタは、デンジの生活の中にいたからです。
マキマはデンジを計画の中に置きました。
ナユタはデンジと同じ家で暮らしました。
この違いは非常に大きいです。
マキマはデンジを設計しました。
ナユタはデンジと暮らしました。
マキマは、デンジの欲望を利用しました。
ナユタは、デンジの欲望のそばにいました。
同じ支配の悪魔でも、ここで見えているものが違います。
マキマにとってデンジは、チェンソーマンに近づくための存在でした。
ナユタにとってデンジは、自分の生活を作る相手でした。
もちろん、ナユタの感情もきれいなものだけではありません。
独占欲もあります。
依存もあります。
支配の悪魔らしい危うさもあります。
でも、その危うさは、マキマのような巨大な理想とは少し違います。
ナユタの執着は、もっと生活に近い。
デンジといたい。
今の暮らしを守りたい。
自分の居場所を失いたくない。
ここに、マキマとの決定的な差があります。
マキマに足りなかったもの
第2部のナユタを見ると、マキマに足りなかったものが見えてきます。
それは力ではありません。
マキマには力がありました。
知性もありました。
計画性もありました。
相手の弱点を見抜く能力もありました。
では何が足りなかったのか。
それは、誰かと同じ生活の中にいる感覚です。
相手を上から見るのではなく、同じ場所で見る感覚です。
マキマは、相手を下に置くことで関係を作りました。
支配する。
命令する。
配置する。
利用する。
その方法なら、マキマは非常に強いです。
しかし、その方法では対等な関係は作れません。
相手の欲望を利用することはできても、相手の生活を一緒に生きることはできません。
ここがマキマの限界です。
デンジの欲望は、マキマにとって利用できる材料でした。
でもナユタにとっては、生活の一部でした。
デンジが何を食べるか。
どこに帰るか。
誰と暮らすか。
何を守ろうとするか。
そういう小さなものが、デンジの人間性を作っています。
マキマは、その小ささを見下したわけではないかもしれません。
しかし、少なくとも大事なものとしては扱いませんでした。
だからデンジを壊せば、チェンソーマンが手に入ると考えた。
でも実際には、デンジの中にある生活への欲望は、マキマが思うほど簡単には消えませんでした。
デンジの弱さは敗因ではなく武器だった
普通に考えると、デンジの弱さはマキマに利用される原因です。
孤独だから利用される。
愛情に飢えているから騙される。
欲望に正直だから操られる。
これは間違いではありません。
しかし同時に、デンジの弱さは武器でもあります。
なぜならデンジの弱さは、生きたい理由と直結しているからです。
デンジは強い信念で動くタイプではありません。
むしろ、その場その場の欲望に流されます。
でも、それは裏を返せば、どれだけ壊されても次の欲望が出てくるということです。
腹が減る。
眠くなる。
誰かに会いたくなる。
褒められたくなる。
また普通に暮らしたくなる。
このしつこさは、きれいな理想よりも強い場合があります。
大きな夢は、折れると終わることがあります。
しかし生活の欲望は、何度でも戻ってきます。
デンジの強さはここにあります。
マキマはデンジの弱さを利用しました。
しかし、その弱さがそのまま生きる力でもあることを理解できませんでした。
だからデンジは、マキマの想定から外れます。
デンジは英雄ではありません。
でも、完全な人形にもなりません。
欲望があるからです。
低くて、くだらなくて、でも消えにくい欲望がある。
そこがデンジのしぶとさです。
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マキマの敗因は「作戦ミス」だけではない
マキマの敗因を、単なる作戦ミスとして見ることもできます。
デンジ本人を見ていなかった。
チェンソーマンばかりを見ていた。
最後の認識を読み違えた。
こうした説明は正しいです。
ただ、それだけだと少し浅くなります。
なぜマキマはデンジ本人を見られなかったのか。
なぜデンジの普通さを軽く見たのか。
なぜ支配できるはずの相手に負けたのか。
そこまで考えると、マキマの敗因はもっと根本的です。
マキマは、誰かと対等に関係を作る方法を持っていませんでした。
相手を下に見ることでしか関係を作れない。
だから、デンジの欲望を理解しても、デンジの人生としては見られない。
相手の弱点を知っても、相手の生活は分からない。
マキマはデンジの情報を持っていました。
でも、デンジと生活していたわけではありません。
この差は大きいです。
人間を本当に見るというのは、情報を知ることだけではありません。
その人が何を食べ、何を怖がり、何に喜び、何を失いたくないのか。
その小さな積み重ねを見ることです。
マキマはそこにいませんでした。
ナユタは、危うい形ではあっても、そこにいました。
だから第2部を踏まえると、マキマの敗因がよりはっきりします。
マキマに足りなかったのは、デンジを分析する能力ではありません。
デンジを生活する人間として見る感覚です。
第2部でマキマの見え方はどう変わったのか
第2部を読むと、第一部のマキマの見え方も少し変わります。
第一部だけなら、マキマは圧倒的な支配者です。
デンジを追い詰め、仲間を奪い、人生を壊し、チェンソーマンを手に入れようとする存在です。
しかし第2部でナユタが登場すると、支配の悪魔という存在に別の可能性が見えてきます。
同じ支配の悪魔でも、どんな環境に置かれるかで関係の作り方は変わるのではないか。
支配から始まるのか。
家族から始まるのか。
この違いが、マキマとナユタを分けています。
マキマは支配から始まりました。
ナユタは、少なくともデンジとの関係においては、生活から始まりました。
ここで大事なのは、ナユタを完全に美化しないことです。
ナユタは普通の子どもではありません。
支配の悪魔としての危うさは残っています。
デンジとの関係も、完全に健全とは言い切れません。
それでも、マキマとは違います。
マキマはデンジをチェンソーマンへの道として見ました。
ナユタはデンジを、自分の生活にいる相手として見ました。
この差があるから、第2部を読むと、マキマの敗北がただの逆転劇ではなくなります。
マキマは力で負けたのではありません。
見方で負けたのです。
結論:第2部で分かったマキマの本当の敗因
マキマの本当の敗因は、デンジの弱さを見抜けなかったことではありません。
むしろマキマは、デンジの弱さをよく見抜いていました。
孤独。
承認欲求。
愛情への飢え。
普通の生活への憧れ。
マキマは、それらを利用しました。
しかし、デンジの弱さの中にある「普通に生きたい」という欲望のしぶとさを理解できませんでした。
デンジの夢は小さいです。
でも、小さいからこそ根が深い。
食べたい。
寝たい。
触れたい。
褒められたい。
一緒にいたい。
そういう生活に近い欲望は、壊されても簡単には消えません。
マキマは、デンジを壊せばチェンソーマンが手に入ると考えました。
でもデンジの中にあったのは、壊れやすい理想ではなく、泥くさく残り続ける生活への執着でした。
そして第2部のナユタを見ると、支配の悪魔に足りなかったものが見えてきます。
それは力ではありません。
相手を下に置かず、同じ生活の中で見る感覚です。
マキマはデンジを設計しました。
ナユタはデンジと暮らしました。
マキマはデンジの欲望を利用しました。
ナユタはデンジの欲望のそばにいました。
だから、マキマの敗因は単なる作戦ミスではありません。
デンジを人間としてではなく、チェンソーマンを取り出すための存在として見たこと。
そして、デンジの普通さを最後まで理解できなかったこと。
そこにあったのだと思います。
第2部を踏まえると、マキマの敗北はよりはっきりします。
マキマはデンジの弱さを知っていた。
でも、弱いまま生きようとするデンジのしぶとさを知らなかった。
それが、マキマの本当の敗因ではないでしょうか。
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